吉田先生ご退官 ~偶然から始まったストーリー~

大学生時代の私の恩師である、東京大学法医学の吉田謙一教授の最終講義に伺ってきました。どうしても自分の仕事の目処が立たず、90分中、後半の40分程度しか伺うことが出来なかったのですが、Gap Junction関連の分子細胞生物学的な研究から日本の司法制度に対する問題提起まで、大変幅広い内容の最終講義でした。前半では、私が学生時代に作った模擬裁判用のCG画像も紹介して下さったそうです。

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吉田先生の退官記念業績集に、私も一筆書かせて頂く機会を頂きました。昨年末、大晦日に吉田先生に寄せて書かせて頂いた文章を、こちらに転載させて頂きました。

改めて、吉田先生、本当にお世話になりました。そしてお疲れ様でした!!

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偶然から始まったストーリー

東京大学医学部医学科平成23年卒業 瀬尾拡史

自分の学籍番号が、あと2つ後ろだったら、今の私の人生はあり得なかった。それくらい、人生とはわからないものである。
大学3年生になり、理科三類から医学部医学科に進学。学びの場が駒場キャンパスから本郷キャンパスに移る。このとき、学籍番号順に学生5人ごとに対してチューターの先生が1人自動的に割り当てられる。学生の相談役のような立場なのだが、年に数回近況報告を行い、試験で追試になった場合に追試願いの書類に押印して頂く。多くの学生にとっては正直その程度の存在だ。
「吉田謙一教授 法医学」
“たまたま”私のチューターの先生となったのが吉田教授だった。まだようやく解剖実習が始まった頃。「たまにテレビドラマで法医学って言葉が出てくるなぁ。」と言う程度の知識しかなかった。
2007年7月18日(水)。私の人生が大きく動き出した日だ。吉田教授の提案で、この日、吉田教授がチューターとして受け持っていた私を含む学生5人と、吉田教授を始めとした法医学教室の方々とで懇親会が催された。「とりあえず、皆さん自己紹介でもしましょうか。」吉田教授の一声で、我々学生の自己紹介が始まった。「部活は○○部です。将来は□□科に興味があります。」私より先に自己紹介をした同期は概ねこのような感じだった。
「医学系のCGを作りたくて、去年1年間、専門学校とダブルスクールをしてCG技術を学んできました。法医学と言えば、アメリカではMedical Legal Illustrationと言って、医療ミスや交通事故などの様子を絵で描いて説明するための専門的なイラストレーターがいるんですよ。」
私は敢えてこう答えた。NHKスペシャルやディスカバリーチャンネルなどで放送される大型科学番組が子どもの頃から大好きで、いつか自分でこのような番組を作りたい。そのためには科学の専門知識が欠かせず、中でも大学でなければ絶対に学べない学問、と言うことで医学を学ぼうと決意し、科学番組に欠かせないコンピュータグラフィックス(CG)をある程度自分でも作れるように、大学2年生の1年間、ダブルスクールでCGを学んだ。
専門学校卒業後は、せっかくだから何か大学を巻き込んで、CGの可能性を活かして卒業までに大きなことが出来れば、と思いつつも、何をどうすれば良いのかわからずにいた。
全く空気を読んでいない私の自己紹介に対して、吉田教授は次のように応えて下さった。
「え、なになに、それ?実はね、2年後(2009年)に裁判員制度と言うのが始まるんだけど、裁判の新しいやり方を検察庁に提案しなきゃいけなくて、みんな苦労しているんだよね。そのCGと言うのを使えばわかりやすいものが出来るの?」
恥ずかしながら、吉田教授に言われるまで、裁判員制度のことなど全く頭になかった。
「はい、出来ます!」
裁判用のCGなど一度も作ったことが無かったが、即答した。CGに興味を持って下さったことだけで、とても嬉しかった。その約1週間後、再び吉田教授に呼ばれた。
「研究室でパソコンとソフトウェアを購入するので、試しに1つ作ってみようよ。9月中旬に最高検察庁で『裁判員裁判に関する検討会』があるから、そこで発表しましょう。」
チャンスを与えて下さった吉田教授には感謝してもしきれない。懇親会の場でほんの少しお話しさせて頂いただけで、法医学の知識など全く無く、裁判員制度用CGの制作実績も0。それにもかかわらず、私のCG作品をご覧になったわけでもないのに、且つ、学生はいつ投げ出すかもわからないような身分であるにもかかわらず、研究室としてサポートして下さると言う、私のような一学生を信用して可能性に賭けて下さったことが何より嬉しかった。
機材が届いてからは9月の検討会に向けて毎日のように研究室に通った。とにもかくにも、まずは法医学的な知識が無ければ何も出来ない。教室の先生方が手厚くサポートして下さった。初めて目にする鑑定書は素人同然の私には呪文にしか見えなかったが、丁寧に教えて頂くことで謎が解けていくような感覚がとても楽しかった。しかし、これを裁判員が短時間で理解するのはあまりにも無理があるだろうと感じた瞬間でもあった。
9月の検討会には偶然も重なってNHKが同伴し、翌10月にいきなりNHKニュースで特集された。
それから裁判員制度が始まるまでの約2年間、裁判員制度での3DCGの利用を最高検察庁に提案するところからスタートし、模擬裁判用のCG画像、CG映像の制作、実際の事件で鑑定書に添付するCG画像の制作、弁護士会への出張講演、そして、裁判員裁判第1号事件で採用されたCG画像の制作と、私の学生生活は法医学にとっぷり浸かっていた。被疑者が逮捕される前に、司法解剖の所見からCGで傷口を再現し、凶器の刃先の向きや刺した回数を予測したところ、後になって自供内容と完全に一致した、と言う例もあった。
CG制作だけでなく、検察の方々との話し合いやテレビ・雑誌の取材など、本当に多くのところで吉田教授とご一緒させて頂いた。
日本中が関心を持っていた裁判員制度に、それも、裁判員制度開始の2年前から実際に開始されるまでと言う最も注目度が高かった頃に、運命とも言えるご縁で深く関わらせて頂くことが出来た。テレビを始めとした多くのメディアで紹介して頂いたことで、それまで出会えなかったようなたくさんの方々と交流を持つことが出来、今の自分の立ち位置がある。
人生は基本的には一段ずつ地道に登っていくものだが、時折、一気に何段も押し上げてくれるチャンスに遭遇することがある。吉田教授は、私の人生で最初のチャンスを、それも極めて大きなチャンスを与えて下さった。
裁判員制度以外にも、日本での異状死届け出に関する問題や、司法解剖実施件数の少なさ、ご遺族への説明の問題など、大変多くのことを吉田教授から直接学ばせて頂いた。基礎研究とも一般的な臨床とも異なるが、法医学と言う分野がどれほど大切なものか、聞けば聞くほどその重要さを感じた。
一学生に過ぎなかった私をここまで引き上げて下さった吉田教授は、私にとって人生の恩師である。
吉田先生、今まで本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました!


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