新作制作秘話

■サイエンスを、正しく、楽しく。

■Fun and Factual Science

2011年3月9日のお昼過ぎのことでした。医師国家試験も終わり、卒業旅行からも帰国し、友人の結婚式も終わり、残すは医師国家試験の合格発表くらいとなり、特に時間に追われることもなく自分の部屋でのほほんとしていたとき、僕の携帯電話が鳴りました。
「こんな真っ昼間に誰??」
と思い画面を見ると、そこには「林勝彦さま」の文字。
「は、林さんだとっ!!」
慌てて電話に出ると、「やぁ、瀬尾くん。元気ですか?」と、いつもの林さんの口調。
林勝彦さんは、僕がサイエンスCGの世界に興味を持つきっかけとなった「NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体」のI~IIIシリーズ全てのプロデューサー。日本だけでなく海外でも数々の賞を受賞され、視聴率も20%を超えるという、まさに驚異的な番組を生み出した知る人ぞ知るNHKの伝説的な超大物の方です。
ではなぜそんな超大物の林さんと僕とがお互いに携帯電話の番号を知っているような関係なのかと言いますと、きっかけは2009年12月14日。僕のブログを通じてサイエンス映像学会の松本恭輔理事から1通のメールが来ました。
「来年(2010年)の3月20日・21日に開催予定のサイエンス映像学会第3回大会の20日のシンポジウム『医療映像について(仮)』にて是非瀬尾様に参加していただきたいということでご連絡させていただいております。」
と。しかも、
「私どもの学会副会長の林勝彦がプロデューサーを務めておりました、「NHKスペシャル『驚異の小宇宙 人体』」のことも記事で拝見しまして、社会に少しでも良い影響を与えられたことは非常に良かったと学会のメンバーの中でも話が盛り上がっていました。」
と。自分の憧れの番組の生みの親に直接お会いできるかもしれない。すぐに返信を書き、12月21日の夜に、林さんを始めサイエンス映像学会の方々とお会いしました。
それ以来、昨年のサイエンス映像学会で発表させて頂いただけでなく、東大総長賞授賞式にも駆けつけて下さるなど、林さんにはお世話になりっぱなしだったのです。
そんな林さんからの電話。
「瀬尾くん、3月って時間ある?実は3月後半に今年もサイエンス映像学会があるのだけれど、学生発表をしてくれる人を探していて、時間無くて申し訳ないのだけれど、何か映像作れない?」
と。林さんから直接お願いされた以上、「断る」という選択肢は存在しません。
「例えば、裁判員制度関連で何かない?」
と質問されたので、「Autopsy imagingとかどうですかね?」
と答えたところ「よし、じゃあタイトルは 『サイエンスCG最前線! ~裁判員制度とAutopsy imaging~』でお願いね。作曲はうちの理事の泉山(由典)くんにお願いして、映像編集はうちの理事で村田(豊彦)さんってのがいるからその人に連絡しといて。じゃあ何かあったら連絡してね。」
~通話終了~
気づいたときには既に電話が切れてましたw
そして勝手にタイトルまで決められてしまいました。笑。
泉山由典さんは、去年、東大総長賞用に15秒のデモリール映像を作ったときに音楽を作って下さった方で、確かな実力の持ち主です。
一方の村田豊彦さんは、林さんと長年コンビを組んでいらっしゃる編集マンで、「驚異の小宇宙・人体」シリーズの編集も手がけたベテラン中のベテランです。
こんなに強力なバックアップを用意されたら、もう全力投球で映像制作開始です。
と、言ってもさすがにたった数週間で新しいフル3DCGアニメーションを作るのは到底無理。で、あれば今までに作った画像や映像をとにかく格好良く編集し直して1つの作品に仕上げてしまえば良いではないか!
そこで早速裁判員制度関連のこれまでの作品をピックアップして構想を練ったのですが、自分がその場で行うプレゼンであれば20分以上続くものであっても、誰がいつ見ても飽きない映像にするとなるとどう頑張っても1分ちょっとで終わってしまう雰囲気に。
これはまずいと思い、林さんの指示を完全に無視し(!)、まだYouTube上で公開していなかった(…と、言うより画像なので公開しようがなかった)「裁判員制度」「顕微鏡画像」「学術雑誌」の3つを一気にまとめてエンターテイメント作品に仕上げてしまおう!とひらめきました。
電話の2日後の3月11日に例の東日本大震災が発生し、サイエンス映像学会が開催されるかどうか非常に雲行きが怪しい雰囲気だったのですが、予定通り3月に開催されるとすると本当に残り時間が少なかったため、地震発生当日も作品を作り続けていました。
林さんからの電話のちょうど一週間後の3月16日に、林さん・村田さんのお二方がどちらも時間を作って下さり僕の映像のチェックをして下さることになったので、本当に必死で映像演出の構想を練り、形にしていきました。
今回の映像作品は僕が会場にいなくても大丈夫なように、ナレーションもつけることになりました。僕は今までナレーション付きの映像を作ったことが無く、全く新しい経験でした。音声のレコーディングもまだの段階で先に映像を作らなければいけません。映像と同時にナレーションの台本作成も行い、自分で台詞を何度も声に出して大まかなタイミングを掴み、それをもとに映像を作っていきました。
そして3月16日。音楽もナレーションも全く付いていない状況で、林さん・村田さんのもとへ。
林さんの指示を無視して勝手に3本立てにしたことに関しては、むしろ高評価でした。映像の構成にはそれなりに自信があったのでほっとしました。
が、やはり映像そのものについては経験の差があり過ぎでした。文字が表示されるタイミングや、映像を見る視聴者の目線の動き方など、編集マンならではのアドバイス、プロデューサーならではの、誰にでもわかりやすいように内容を伝えるための台詞チェックなど、とても多くのことを学びました。
とか何とかしているうちに3月18日の医師国家試験合格発表。無事に医者になれましたが3月22日からは病院のオリエンテーションが始まるため、CG制作の時間などほとんどなくなってしまいます。さらにこのときはまだ学会が予定通り開催されるかどうか決定していなかったため、3月19日~21日の最後の3連休を使って一生懸命作品の手直しを行いました。
映像を仕上げるには自宅でとりあえず自分の声を録音出来る環境が必要だったのですが、あいにく録音環境なんて何一つ持ち合わせていません。と、ちょうどその頃、祖父母が卒業祝いに何か買ってくれることになっていたので、新しいスーツ…ではなく、ちょっと高級なマイクセット一式を買ってもらいました。卒業祝いにマイクを買ってもらう医学生なんて、たぶん誰もいませんね。笑。
泉山さんから仮の音楽も届き、3月21日には何とか最低限お客さんに見せても大丈夫な段階にまで仕上がったのですが、残念ながらサイエンス映像学会の延期も決定されました。
と、同時に僕は病院のオリエンテーションが始まり、CGに費やせる時間が極端に少なくなってしまいました。
学会の開催時期はおそらく夏頃、と伺っていたので、ここからは少しずつ少しずつ完成度を高めていくことにしました。時間があればあるほど凝ってしまうのがクリエーターの性です。
泉山さんの創り出す音楽は軽快なドラムと美しいピアノの音とをベースとした、まさに僕が一番好きなタイプのもので、仮の状態から既に完全に惚れ込んでしまっていたのですが、バージョンが上がるごとに音に厚みが加わり、新たなメロディーも追加され、素敵な効果音まで付けて下さり、音楽だけでも素晴らしい作品となりました。
こうなると、今度は音楽に合うように映像を微調整したくなります。特にオープニング、エンディングの映像演出は音楽に合うように細かい調整を何度も繰り返しました。
そうすると、さらにはナレーションについても「音楽がこんなに素晴らしいのにボイストレーニングを全くしたことがない自分がナレーションをしていては、作品全体のクオリティを著しく下げてしまう。」
と強く思うようになりました。林さん・村田さんからは、
「最初の本格的な作品は手作り感を残すためにも、ちょっと発声が下手でも自分の声でいく方が良いと思うよ。」
と言われていたのですが、ここでも完全に無視。笑。しかし、自分の周りにアナウンサーや声優なんていません。
…と、思っていたのですが、「そうだ!数年前にCGアニメコンテストの会場で、若手の声優さんを低価格で提供してくれる団体の話を聞いたなぁ。確か代表者の名前は川妻…さん、とかだったような…」
と思い出し、調べてみたらまさにビンゴ。数年前ではなく5年も前でしたが、「細胞の世界」で第19回CGアニメコンテストの外伝・意欲作を受賞させて頂いた際の懇親会にて、「これから売り出していく新進気鋭の若手声優さんたちを圧倒的な低価格で起用出来る素敵な団体があるから是非ご利用して下さい!」とPR活動をなさっていたのが、声優団体TEAM_Radio☆Actressを率いる川妻美穂さんでした。
当時の名刺を引っ張り出し、ウェブサイトを調べて早速お問い合わせメールにて相談してみたところ、川妻さんが僕のことを覚えていて下さいました。
川妻さんからのメールが来たのが3月28日。その時点で最新版の映像を送りこちらの希望を伝えたところ、2名の声優さんを推薦して下さいました。
TEAM_Radio☆Actressはとても対応が早く、発声練習をしている日とのタイミングもあり4月3日に早速レコーディングをして下さることになりました。
忙しい病院オリエンテーションの合間を縫って、声優さんへの指示書き。声優さんと仕事をするのは初めてなので、どんな指示を出せばよいのかもわかりません。自分なりに「こんな指示になってたらわかりやすいかな。」と思ったものを書いたのですが、指示は
「ナレーションは極めて真面目な内容ですが、ただニュース原稿を読み上げるような声ではなく、ところどころ、明るい雰囲気、スタイリッシュな雰囲気、上品な雰囲気が伝わるような声を入れて頂ければと思います。」
と、何とも無茶苦茶なものになりました。笑。
そんな無茶ぶりにもかかわらず、声優の古泉壮さんと寺西サトシさんのいずれも素晴らしい声を提供して下さり、どちらの声も捨てがたい状況に。「両方の声を使うとなると2名分の料金が発生してしまいますよ。」とのことでしたが、せっかく練習して吹き込んで下さった声の一方しか使わないのはあまりにも勿体なかったため、最終的にお二方の声を交互に使うことにしました。
ただ、この頃には既に病院での本格的な病棟業務が始まっており、とてもCGどころではなかったので、送って頂いた声を映像と合わせる時間が取れたのは4月後半でした。
ナレーションとほぼ同時に3月後半に思いついたのが、英語版の制作。
映画のメイキング映像は世の中にいくらでもありますが、サイエンスCGのメイキング映像なんてほとんどありません。あったとしても、泉山さんが奏でるような軽快且つ美しい音楽と共に流れるエンターテイメント作品ではありません。で、あれば、英語版を作って公開すれば、ほぼ世界初の試みではないか!
と、思い、英語版の制作を決心しました。が、しかし僕は日本で生まれ日本で育った日本人です。英語は出来ないわけではありませんが、ネイティブレベルとはほど遠いものがあります。日本語の原稿を自分で英語に直すことは不可能ではありませんが、英語ならではの表記や、発声リズムとしての不自然さなどはネイティブにしかわかりません。
外国人が「日本人が頑張って英語版を作ったみたいだけど、な~んかしっくりこないんだよねー」と思ってしまうような作品にはしたくありませんでした。
そこで真っ先に思い浮かんだのがMelinda Hull先生。Hull先生は東京大学医学系研究科の国際交流室の先生で、大学4年生のときに僕の医学英語の先生だったのですが、個人的にもとても仲が良く、また、大学5年生の冬にJohns HopkinsとTorontoに短期留学するにあたり、直接先方の大学の担当者の方と英語で電話して交渉して下さったりと、大変お世話になっている先生です。
医学英語を教えるだけでなく、病院の先生や基礎系の先生の論文の翻訳を始め、様々な英語コンテンツの制作などもしていらっしゃる先生ですので、Hull先生に翻訳を頼めば間違いありません。
…と、勝手に思いこんで
By the way, will you be still very busy on your job?
I have a favor to ask of you.
と勝手にお願いのメールを出してみたところ、快く引き受けて下さいました。
ここでも、
「『サイエンスを、正しく、楽しく。』は『正しく』と『楽しく』で韻を踏んでいるので、英語の翻訳も韻を踏むようにして下さい。これはネイティブであるHull先生にしか出来ません!」
と言ったような数々の無茶ぶりをさせて頂いたのですが、Hull先生は全ての要望に応えて下さいました。
Fun and Factual Science
は名訳だと思います。
Hull先生は単に翻訳するだけでなく、映像内容そのものに関してもネイティブならではのアドバイスを下さいました。例えば裁判員制度。日本と海外とでは裁判員制度の歴史も異なれば社会制度も全く異なります。アメリカだけでなく英語がわかる多くの方を対象とした映像を作る場合、裁判員制度について訳しただけでは、見る人によってはちんぷんかんぷんな内容になってしまいます。
そこで英語版では「裁判員制度」ではなくもっと大きな枠でとらえ「Forensic Medicine」とし、内容も日本語版よりも少し一般的なものに差し替えました。このような指摘はネイティブでないと出来ません。
Hull先生の翻訳でほとんど上手くいったのですが、1つだけ問題だったのが鑑定書の翻訳。こればかりはプロの法医学者で且つ英語圏での活動経験のある方でなければ出来ません。Hull先生でも鑑定書の逐語訳は可能でしたが、実際の法医学者に「こんなふうに英語の鑑定書を書いたりなんてしないんですけど。」と思われてしまっては「サイエンスを、正しく、楽しく。」のポリシーに反します。
プロの法医学者で且つ英語圏での活動経験のある方…。すぐに東大法医学教室の原田一樹先生が頭に浮かびました。原田先生は僕が東大法医学教室で裁判員制度に向けた3DCGを制作し始めた大学3年生の頃からお世話になった先生で、当時法医学のことはまだ何も知らなかった僕に対して鑑定書の読み方などを1から教えて下さった先生です。ちょうど僕が法医学教室に出入りし始めた頃に原田先生はアメリカから戻ってきたばかりでした。そんなアメリカ帰りの先生ですから、英語での鑑定書の書き方もきっと熟知していらっしゃるはず。そう思いメールさせて頂いたところ、原田先生も快く翻訳を引き受けて下さいました。
こうして、4月の終わりには英語版の台本の第1稿が完成。
すぐに英語版も完成…と思いきや、ここからが結構長く、既に日本語版のデータはあるものの、映像を英語に書き換える時間がなかなか取れず、さらに、日本語と英語では文字の長さや行数も異なるため、映像表現としての翻訳や文字位置の調整などにだいぶ時間がかかり、一応の目処がついたのは5月の終わりでした。
英語版の制作と同時進行で行ったのが、日本語版のさらなるブラッシュアップ。この作業に大きく貢献して下さったのが、3DCGの専門スクールであるデジタルハリウッド(通称、デジハリ)での僕の担当の先生であった、山本浩司先生でした。僕がデジハリに通っていたのは大学1年生の冬から約1年間ですから、山本先生とはかれこれ6年以上のお付き合いになります。
山本先生は、ご自身の作品「小虚庵」が2000年のSIGGRAPHでElectronic Theaterに入選するほどの実力者(SIGGRAPHは毎年アメリカで開催される世界最大の3DCGの祭典です)で、指導者としてもデジハリ内で確固たる信頼を得ていらっしゃいます。
僕のサイエンスCGクリエーターの原点はまさに山本先生なのです。山本先生とはデジハリを卒業してからも1年に数回お会いしていたのですが、今年4月にたまたまお会いする機会があり、そのときに制作中のこの作品を見て頂いたところ、映像を見る側の視点にたった細かなアドバイスをいくつも下さいました。
そうしていくうちに、気づけば6月に突入。研修医としても3ヶ月目となり、静脈採血、動脈採血、点滴、胃カテ挿入など、手技的なことの経験も徐々に増えていきました。
やはり研修医というのは忙しい職業で、1週間が一瞬のうちに過ぎ去っていきます。
とは言え作品を仕上げるための素材はほぼ出揃いました。残すは英語のナレーション。ところが、これがなかなか大変でした。
Hull先生にやってもらえば良いではないか、と思われるかもしれませんが、実は女性の声(Hull先生は女性です)では今回の音楽に合わないのです。と、言うのも、もともと日本語版を制作する段階で男性の声を付けたいと思っており、作曲担当の泉山さんも男性の声に合うように作曲して下さっていたからです。
男性の声に合うような音楽?
そう、男性の声に合う音楽、合わない音楽というのがあるのです。男性の声に合う音楽とはつまり、高い音をベースに作られた音楽です。一般的に男性の声は女性の声より圧倒的に低いため、音楽も低い音の場合、声と音楽が混じってしまい声を聞き取りにくくなってしまいます。そのため今回この作品に使われている音楽で、ピアノは常に高い音を出しています。音楽1つをとってみても、奥は深いのです。
Hull先生のお知り合いや、高校時代の英語の先生、TEAM_Radio☆Actressの川妻さんなど、思いつく限りの方を当たってみたのですが見つかりませんでした。
こうなったら最後の手段、Google検索です。やってみたら意外と簡単に見つかりました。笑。
今回英語のナレーションを引き受けて下さったJosh Keller氏はベテラン中のベテランで、数々のCMのナレーションを始め、ルーブル美術館の音声ガイドや東大英語入学試験リスニング問題、大河ドラマ篤姫のグラバー役など幅広く活躍されていらっしゃる方で、レコーディング前から素晴らしいことが明らかでした。笑。
実際、信じられないほど素晴らしい英語ナレーションとなりました。
この英語ナレーションのレコーディングを行ったのが、作品公開前日の7月14日。レコーディング後、ほぼ徹夜で最終的な編集作業を行い、翌7月15日に、林さんからの制作依頼を受けてから4ヶ月もの時を経て、晴れて日本語版、英語版同時公開に至りました。
この作品は結果的に、サイエンス映像学会発表専用の作品ではなく、日本のみならず世界に向けて自分の想いを発信するための出世作としての位置づけとなりました。
と、同時に、自分が大学6年間で行ってきたこと、出会ってきた多くの方々からの協力の集大成にもなりました。もちろん、自分の専門である映像以外のことに関しては基本的には依頼料や制作費をお支払いしています。良い作品を作るにはそれに見合うだけの制作費が必要であることも、この作品を通じて多くの方に判って頂きたい点です。
皆さんがこの作品をご覧になりどのように感じるか、とても楽しみです。


カテゴリー: 3DCG パーマリンク

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